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固定残業代を支給する際に注意するべきこと【企業向け】

残業代(時間外手当、休日手当、深夜手当)は、残業時間に応じて支給するのが原則ですが、業務の性質上、一定の残業が見込まれる業種では、固定残業代を設定することが一般的であり、当事務所の顧問先企業でも固定残業代を支給している企業は多いです。

しかしながら、この固定残業代は、労働紛争において争点となることが極めて多く、適切に支給できていない場合には、企業側が想定外の損害を被ることになります。

まず前提として、固定残業代の仕組みを説明しますと、日常の業務において一定の残業が見込まれることから、あらかじめ残業代を「多めに」支払っておく制度になります。
この点、ベテランの経営者でも勘違いしていることがありますが、固定残業代の仕組みは、あくまでも残業代を「多めに」支払っておく(多めに支払った分は精算しない)制度であって、定額で無制限に残業を命じることができる制度ではありません。

そして、固定残業代が労働紛争においてどのように問題になるのかといいますと、企業としては、固定残業代を支払っているので残業させても問題ないと認識していたものの、従業員としては、①固定残業代の無効を主張し、②残業時間に応じた残業代を支払うよう要求する、といった対立構造で問題となります。

それは、仮に従業員が主張するように、固定残業代が無効と判断されるとどうなるのでしょうか。
この点、固定残業代が無効となると、残業時間に応じた残業代を計算して支給しなければなりませんが、それに加えて、支給済みの固定残業代が基本給の一部と支給されたとみなされることになりますので、残業代を計算するベースとなる単価も上がり、企業としては、ダブルパンチを受けることになります。

少し分かりにくいので、具体的な事例で説明します。
(事例)
従業員Aさんの労働条件
基本給 42万円
業務手当 12万5000円
※業務手当は、40時間分の固定残業代として支給していたが、雇用契約書等には何も記載していなかった。
(解説)
B社では、Aさんの業務手当(40時間分の固定残業代)を算出するに際し、以下の計算式で、時給単価を算出した。
基本給42万円÷21日÷8時間=2500円(時給単価)
時給単価2500円×時間外割増率1.25=3125円(時間外労働の時給単価)
3125×40時間=12万5000円(業務手当)
この点、固定残業代が無効となった場合には、時給単価2500円を前提に残業代を計算するのではなく、固定残業代も基本給の一部とみなされることになり、基本給が54万5000円となり、時給単価は、3244円(54万5000円÷21日÷8時間)となる。

よって、企業としては、固定残業代が無効と判断されないように、細心の注意を払って支給する必要があります。
固定残業代を安全に支給するためには、①雇用契約書、労働条件通知書、就業規則等に固定残業代の支給要件ないし計算方法が明記されていること、②基本給と固定残業代が明確に区別されていること、③何時間分の時間外、深夜、休日割増賃金に相当するかが明確になっていること、④固定残業代を超える分の残業代が適切に支給されていること、⑤労働時間が適切に管理されていることが必要となります。

特に、固定残業代を支給している企業では、固定残業代を支給していることから、労働時間の管理を行わずに、固定残業代を超える残業が発生しているかどうかを把握できていない企業が多いです。
そのような場合には、固定残業代が無効になり、その分を残業代から差し引けないばかりか、上述のように、固定残業代が基本給に組み込まれ、時間単価も上がってしまい、想定外の大損害を被るおそれがあります。

固定残業代の仕組みは、企業にとって魅力的な制度ではありますが、そもそも従業員に「多めに」支払うことで精算を不要とする制度であり、基本的には従業員に有利にできています。
それを踏まえ、どのように制度を使うかは企業次第ですので、本コラムをお読み頂いて、ご心配になった経営者の方は、ぜひ一度ご相談頂ければと思います。