弁護士コラム

美容師の長時間労働と対策(経営者の観点から)

美容業界では、営業時間の長さや顧客対応の柔軟さが求められる一方で、人手不足の慢性化も相まって、美容師の長時間労働が恒常的に発生しているという声を多く耳にします。もちろん、時間外労働に対して適切な割増賃金を支払うことは法的な義務であり、これを怠れば重大な労働基準法違反となります。しかし、実務の現場においては、たとえ残業代を支払っていたとしても、勤務時間の管理がずさんであったり、制度設計が不適切であったりすることで、「未払賃金があった」と判断される例が少なくありません。

実際、当事務所に寄せられる相談の中でも、美容師からの未払残業代請求に関する案件は年々増加傾向にあり、特に退職を機に、過去2年分(2020年改正法施行後は原則3年、将来的には5年)の時間外労働について賃金の支払いを求める事案が目立ちます。請求額が数百万円に及ぶケースも珍しくなく、これにより店舗経営が大きな打撃を受けることもあります。したがって、経営者にとって重要なのは、「残業代は払っているつもり」ではなく、「支払うべき金額を、証拠に基づいて適切に支払っている」と言える体制を構築することに尽きます。

例えば、美容室では閉店後に掃除や練習、ミーティングが行われることが多いですが、それらが労働時間と見なされるかどうかは、「業務命令として行っているか」「参加が事実上強制されているか」といった実態によって判断されます。仮に口頭では「自主的なもの」と説明していても、出席しないと評価が下がる、店長の指示で行っているなどの事情があれば、労働時間と判断される可能性が高くなります。この点で、経営者としては「何を労働時間とするか」の認識を現場と共有し、必要に応じて研修や社内ガイドラインの整備を進めることが望まれます。

また、変形労働時間制や固定残業代制度を導入している場合も、それが形式的なものにとどまっていれば法的には無効とされるおそれがあります。例えば、固定残業代についても、基本給と明確に区別したうえで、所定の時間を超える労働があった場合には、超過分を別途支払う必要があります。制度を形だけ導入しているだけでは、訴訟等に発展した際に防御が極めて困難になるのが実情です。

さらに、最も経営者の目が届きにくいのが、退職者による未払賃金請求です。在職中は表に出なかった不満が、退職後に一斉に表面化し、過去の勤怠記録を基に詳細な時間外労働を主張されることがあります。中には、労働者側がスマートフォン等で出退勤時間を記録しており、それが強力な証拠となって裁判上の認定を左右することもあります。一方、経営者側が「タイムカードがなかった」「勤務時間は自己申告だった」といった不十分な管理に終始していれば、非常に不利な立場に立たされます。したがって、日々の勤怠状況を客観的に記録・保存しておくことは、紛争予防の観点から極めて重要です。

長時間労働は、未払賃金請求という法的リスクだけでなく、従業員の健康状態や職場満足度、ひいては顧客対応の質にまで悪影響を及ぼします。経営者としては、現場の慣習に流されるのではなく、あくまで労働法令に基づいた制度設計と運用体制を構築することで、従業員との信頼関係を損なうことなく、持続可能な経営を目指す必要があります。

当事務所では、制度設計の段階から具体的なアドバイスを提供することが可能です。労働契約書の整備、就業規則の見直し、勤怠管理のルールづくりなど、現場の実情に即した対応を講じることで、後々の紛争を未然に防ぐことができます。美容業界特有の事情に理解のある弁護士による法的サポートを、ぜひ積極的にご活用頂ければと思います。